ネット上のなんでもありの文化祭/模擬店サイトつくりました
何度かここでもつぶやいていますが、なんでもありの模擬店がつくれる文化祭のような雰囲気のサイトをつくりました。
只今α版ユーザー様を募集しており、近日先行ユーザー様のみのお試しができるようになります。
只今先行してご登録いただいた方には、現状全く無名サイトMake::Boothの限定ロゴのステッカーをさしあげますので、ご覧いただけるとうれしいです。
※既にご登録をいただいている皆様には順次、ご連絡させていただきます。
アントニオ猪木「道」とアジャイル開発と複雑系
風邪で昼間ずっと寝てしまい眠れないので、猪木さんシリーズブログ2です。
ブログ1はこちら:アントニオ猪木「道」とソーシャルマーケティングと複雑系
プロレス界のみならず、多方面でカリスマ的な人気を誇るアントニオ猪木さんの引退メッセージ、ファンの方でなくとも一度は耳にしたことがあると思います。
アントニオ猪木 「道」
人は歩みを止めた時に、そして、挑戦をあきらめた時に年老いていくのだと思います
この道を行けばどうなるものか
危ぶむなかれ
危ぶめば道はなし
踏み出せば
その一足が道となり
その一足が道となる
迷わずゆけよ
行けばわかるさ
アントニオ猪木さんは詩が大好きで数々の詩や名言を残しているのですが、この詩(これはご詩人の詩ではなく引用だそうですが)の事を当初、「猪木さんらしい、体育会系の根性論の豪快な詩だな」くらいに思っていました。
しかし、最近思うにIT系開発のここ数年のキーワードである「アジャイル開発」そしてインターネットについて話すときに頻出する(していた)「複雑系」というキーワードについて言っているようでならないのです。
※以下、ちなみに私はプログラム専門職でもなんでもないので、生暖かくお読みい下さい…
「この道を行けばどうなるものか 危ぶむなかれ」=先のことを考えてもわからない
- アジャイル開発では 多数のプログラム群が複雑に関連し、仕様が明確に決定していない場合、従来の綿密に設計されたウォーターフロー型の設計がなり立ちづらいため、短いスパンで「計画、要求分析、設計、実装(コーディング)、テスト、文書化」を繰り返す
「危ぶめば道はなし」=結果を恐れて行動しなければ何も生まれない
「踏み出せば その一足が道となり」 =それがあなたが進む方向になり
- アジャイル開発は フォーターフォール型開発が「計画重視」と呼ばれるのに対し、「適応的開発」と呼ばれる。この場合、短いスパンで計画〜実装を繰り返すため、現実に発生した問題に素早く対応しやすい。
「その一足が道となる」 =あなたが行動したことが、後に影響を与える
「迷わずゆけよ 行けばわかるさ」
- 狭い範囲かつ短期の予測は経験的要素から不可能ではないが、その予測の裏付けをより基本的な法則に還元して理解する(還元主義)のは困難である。(=ボトムダウン型の解析、つまり設計は困難、問題を全体的に捉え都度対処する、ホーリズム)
- 個人が単独で存在するのではなく関係者が適切にコミュニケーションができる環境を作り、コミュニケーションを行うことによって個々人の能力を組み合わせ、創造的な成果を生み出すことが出来ると考えられている。(=創発や、アリストテレス「全体とは、部分の総和以上のなにかである」等)
アントニオ猪木「道」とソーシャルマーケティングと複雑系
風邪で熱があるのでブログ1書きます。
ブログ2はこちら:アントニオ猪木とアジャイル開発と複雑系
プロレス界のみならず、多方面でカリスマ的な人気を誇るアントニオ猪木さんの引退メッセージ、ファンの方でなくとも一度は耳にしたことがあると思います。
アントニオ猪木 「道」
人は歩みを止めた時に、そして、挑戦をあきらめた時に年老いていくのだと思います
この道を行けばどうなるものか
危ぶむなかれ
危ぶめば道はなし
踏み出せば
その一足が道となり
その一足が道となる
迷わずゆけよ
行けばわかるさ
アントニオ猪木さんは詩が大好きで数々の詩や名言を残しているのですが、この詩(これはご詩人の詩ではなく引用だそうですが)の事を当初、「猪木さんらしい、体育会系の根性論の豪快な詩だな」くらいに思っていました。
しかし、最近思うにインターネットのここ数年のキーワードである「ソーシャルマーケティング」そしてインターネットについて話すときに頻出する(していた)「複雑系」というキーワードについて言っているようでならないのです。
※以下、ちなみに私はマーケティング専門職でもなんでもないので、生暖かくお読みい下さい…
「この道を行けばどうなるものか 危ぶむなかれ」=先のことを考えてもわからない
- ソーシャルマーケティングでは 多数の個人が直接複雑につながっているソーシャルネットワークでは、従来の綿密に設計されたマーケティングがなりたたず、マーケティング施策の効果予想がすごく難しい
「危ぶめば道はなし」=結果を恐れて行動しなければ何も生まれない
- ソーシャルマーケティングでは 予測ができない顧客ひとりひとりとの直接対話が基本。小さな失敗は恐れず、しかし積極的に対話し、失敗したときは真摯にすぐ対処していく事により、顧客の信頼とつながりが構築できる。
「踏み出せば その一足が道となり」 =それがあなたが進む方向になり
- ソーシャルマーケティングでは 臨機応変に対応し、小さな失敗と成功を重ねる事により、自分だけの新たなマーケティング施策が開発される
「その一足が道となる」 =あなたが行動したことが、後に影響を与える
- ソーシャルマーケティングでは 顧客が顧客を呼ぶ状況を作りやすいソーシャルメディアでは、一人の顧客に対して行った事が複数人の顧客に予測できない形で伝播する
「迷わずゆけよ 行けばわかるさ」
- その展開が初期条件やわずかな摂動に対して非常に鋭敏な系、相互に作用する独立な構成要因の数が非常に多い系、あるいは系を変化させることのできる経路が複数あるような系のことである。
- それが描く模様やそれを描く関数からは理解も検証も困難な系のことである。
同ネタのブログ:アントニオ猪木とアジャイル開発と複雑系
おっさんがTwitterやTumblrのソーシャルの海にどっぷり潜ってみてわかったこと
ソーシャルの海にどっぷり浸かってみようとおもったきっかけ
また若くて賢くてかっこいい同僚達に影響をうけた話。
曲がりなりにも自分はインターネットすごく詳しいと思っていたんです。
1999年からこの業界どっぷり携わってますし、mixiのIDは300番以内。IPOバブル(横目ですが…)、ケータイバブル、Blogバブル、ソーシャルバブルはもれなく経験。TwitterもFaceBookもかなり昔から使ってますし、はてブだってほぼ毎日欠かさずみてるしTechCrunchで海外ネタも追っかけてる。複雑系も本読んだし、勉強会とかセミナーもたまにですが行ってますし、さすがに業界10年にもなるとインターネット界隈のエライ人とかも多少知り合いが増えました。
でもよく考えるとただ1つだけしていないことがあったんです。それは不特定多数への情報発信。具体的にはBlogとか(リアルに知ってる友人知人以外との)Twitterとか。
理由は大層な書きたいことも言いたいこともない、面倒くさい、自分の文章見る人なんていないでしょ?と。あと自分の場合一番大きかったのは、どっかの誰かに自分の書いたものを評価されるのは正直自信ないなぁと。今思うとだからやってなかったんじゃないかなと思います。
ただ、若い同僚達をみてると顔も知らない人とtwitterで話してるしBlog書いたりじゃないですか。それで新しい人と出会ったり新しい情報を得たり、それが何らかのきっかけになって新しいことが起きてたり。
これはもしかして損してるのでは?
よし、なんとなくインターネットでご飯を食べてきた者の端くれとして、黒歴史になるかもしれんがTwitterの海に潜ってみよう!と決心しました。
どうやったか?
実際、いままでもTwitterはこんな感じでポツポツとつかってました
- 特別なイベントがあった時の情報共有 (ex...旅先で写真とコメントUP、何か美味しいものを食べたとか)
- 知人への連絡(ex...会社遅れますとか、身内へのメールの代わりのような使い方)
- 役立つ情報の共有(ex...ニュースの共有とか、街で起きた出来事の共有など)
このような使い方から、twitterをかなりやりこんでる同僚を見よう見真似で(これが一般的かどうかはさておき…)下記のように使い方を変えてみました(下記はごく一部)
- 自分の思っていること、閃いた事をとにかく全て吐き出すイメージで書く(後に黒歴史になる大きな要因…)
- 良いな、とか何か気になったTweetがあったらFav(お気に入り)をどんどんする。
- Favを挨拶のかわりに(ex...誰かが"おはよう"というtweetしたらFavをして、見ているという事と挨拶返すという意味で使う)
- ツイートする回数が多少多くても(twitter慣れしてる方々の間では)意味あるものならばそれほど悪いことではない?
- @ではなくいわゆる"空中リプライ"というものを覚えた。@だと特定の人にしか返信できないが、@を付けなければ、特定のグループに向けて話すことができる(送り手・受け手のネット上の空気読み力=(コミュ力)が必要)
ソーシャルの海は刺激的で広く深かった。けれども…
このような使い方をしてはじめは純粋に楽しかったです。何が楽しかったか今振り返ってみるとこんなかんじです。
- 現実の世界では自分の考えている事っていうのを、軽いノリでポンポンと口にだすのは性格的にあまりやらなかった事なので、考えを吐き出すことがまず気持ちいいし、反応があるのってほんと気持ちいいなと
- 現実の世界だと物理的・時間的な制約の問題で、酒の席でもないと自分の話をぜんぶ出しきる(=人の話を全部聞く)シチュエーションってなかなか無いけれど、インターネットだとそれが可能(情報を作成・消費する場所と時間は当人次第)
- 場所と時間を超えた新しい人達との出会いがあって、意外と身近の人間にしない深い話ができたり。
そして以下、詳しくは書きませんが、ソーシャルの海でKYな発言をし、私のことを知っている人達からは「あいつは頭がおかしくなったのか、しゃぶやってるのか?」等といわれたりと多くの失敗をしたのですがその理由
- ソーシャルメディアだからといって好き勝手していい訳ではなく、気遣いとかコミュ力(=物事伝える力)大事
- 物理的、心理的な距離を超えられるという事は、それだけ多くの人と情報に触れなければならないという事なので、情報の取捨選択・整理がかなり大変になり気を付けないと脳味噌のキャパシティ不足に。
- 時間を越えられるので、自分の行いの全てが記録される(≒嘘つくのすごい大変)
ソーシャルの海に潜ってわかったこと
大きくはこの当たり前の2つに尽きるのかなとおもいました。
- インターネットには嘘が多くて危険が多いけれど、ことソーシャルメディアに限っては現実世界と同じ、もしくはそれ以上に信頼が大きな価値を持っているので、思っていたよりは安心。
インターネット名言の中に「嘘を嘘と見抜けない人は(ry」というものがありますが、信頼も悪評もすぐに伝播しやすいソーシャルメディアだからこそ、現実世界よりさらに「信頼」に大きな価値が発生しているのは確かだと思いました。また、信頼を作っていくには基本的には長い時間が必要なので、ソーシャルメディアは自分を偽らず真摯に情報を発信し続ける事ができれば(そうしないと長い時間自分を偽るのは相当疲れるし無理)、とても便利でメリットがあるものになるのではと思いました。また、「思っていたより安心」とわざわざ書いたのは、ネットだろうが直接接触しようが、新しい人や情報に接するのはリスクがあるという事を忘れがちなので、自戒を込めて。
- インターネットの特徴である距離(物理的・心理的)と時間の制約がなくなるので、上手く利用すると便利
物理的な距離の制約がなくなる事によって、今まで会えなかったであろう人とソーシャルメディアによるある程度の「信頼」が担保されたうえで話ができるようになり、また心理的な距離がなくなる事によって、今までは話しかけることもできなかった人に話しかけるまではできるようになったので、いずれも工夫次第で可能性が広がるのでは、と思いました。時間についてはメディア(twitterなのかBlogなのかFB,Tumblrなのか等)によって特性が異なりますが、基本的にはログが残るので、時間が合わないという理由での情報の取りこぼしは少なくなると思います。
陸に上がっての感想
ソーシャルメディアの海、たしかにたくさんの情報や出会いがありますが、(それがTwitterなのかTumblrなのかFaceBookなのかにもよりますが)もちろん人類全ての人達がそこにいる訳ではなく、今のところまだごく一部の人たちしかいないという感想を持ちました。一旦ソーシャルの海に潜ってしまうと忘れがちですが、感覚としてとても大事だと思います。逆をいえば、この便利さ・すばらしさを享受できているのはまだ一握りの人たちのみ。「なんとかせなあかん」
おそらく立派な黒歴史をいくつか残したのではと思いますが、何事もムリはいけませんので上記に留意したうえで、今後は自分にあわせた使い方をしていこうと思います。
ソーシャルの海へどっぷり漬かるのも最初は少し勇気がいりましたが、D.I.Y.=MAKE(#ステマ)の精神という事で。
※ソーシャルメディアのなんたるかを教えてくれた若くてかっこいい皆様
※その他最近書いたもの
・受託開発屋だけど、はじめて胸を張れる自社WEBサービスを作ることができた
受託開発屋だけど、はじめて胸を張れる自社WEBサービスを作ることができた[3/2再掲]
どこにでもあるWEBの受託開発会社で働いていますが、今回やっとの思いで受託開発と並行しつつ自分が本当に使ってもらいたいと思える自社WEBサービスをオープンさせるところまで持ってこれました。自社サービスを作りたいとおもってウン年ですが、なぜ今回は作ることができたか記録しておきます。
※2/20追記:「企画素人の受託開発屋が胸を張れる企画を立てるまで」というエントリーを書きました
※3/2再掲
#リリースに向けて開発しているサイト
Make::Booth は D.I.Y.er のためのインターネット出展ブースです
- WEBサービス作りたい!けれど作れなかった…
今は受託開発の会社にいますがもともと媒体側であったので「インターネットで少しでも世界を変えるんだ!」と大志を持っていたのですが、他の受託開発会社のみなさんと同じく下記の理由で、少なくとも自分が関わったガチ自社WEBサービスは作れずにいました。
・確実にお金になる既存受託案件が忙しく、自社サービス開発のリソースなんてない
・うちの場合はお客様と直接取引なので、提案もできるし楽しいのである程度満足
・アイディアが重要だと思っていた(そのアイディアさえ浮かんでこないけれども!)
・(人・物・金)にある程度の投資が必要だとおもってた
- 若いメンバーがはいってきて、会社の空気かわった
そんな悶々とする中、人だけは足りない状態が続いていたので募集をかけたところ「経験は無いけれどもWEBの勉強をしたい」と、最終的に3名のまだ20代前半の方々が来てくれました。
結果的に彼らによって社内の空気が変わって自社サービスができていくのですが、職種もスキルも三者三様で「インターネット好きで好きでしょうがない」ということ以外にあった彼らの共通点(教えられたこと)と、今回自分が心がけたことはこんなかんじです。
- 彼らに共通する、教えてもらったこと
・深く考える前にとにかく作ってみる
・本当にユーザー視点で考える
・失敗を恐れず恥ずかしがらず自分がよいと思ったらやる、そしてソーシャルメディアでどんどん公開する
・ダメだと思ったらすぐに直せばいい
・既にあって使えるものは積極的に使う
・全部一人でやろうとせず、自分が好きなことに専念できるよう工夫する
- 自分が気をつけたこと
・企画を作るという事を常に意識する。アイディアは急に思い浮かぶので必ず文書や絵に残してしておく
・志を共有できる少人数(2-3人まで)ではじめる。楽しければ勝手にやるので興味のないことはやるべきでない。
・自社サービスにあてる時間と期日を明確に作り、実際に作り始める。結果的に初期段階では一日ほんの数時間でも十分。
・企画書は作らない。どうしても"XXXビジネスプラン"というpptを作りたくなるが、紙をつくると時間がかかりスピードが落ちるし、何よりあとで見ない。
・企画書は作らないが、コンセプトだけは明確にしておき、明文化しておく。開発中も常にコンセプトの変更もありで考える。これのおかげでコンセプトだけ共有しておけば、あとはそれほど各人が勝手に動いてもブレない。
・定例会議をしない
・メンバーが何をしているかは基本的にメンバーから報告をまつのではなく、責任者が積極的にヒアリング、共有をする。実際に手を動かしているひとは忙しくて報告共有どころではない。
・やりたいことでも自発的にモチベーションを長期間保つのは不可能。プロジェクトへのモチベーションを続かせるよう常に何かあたらしいことがあるように環境を作る努力をする(企画開始当初、自分が忙しくてこれができなかった…)
・なるべくメンバーがリラックスして働きやすい環境を作る
・なるべくお金を使わない
・なるべくシンプルなものしかつくらない
- 最後に
Make:Booth、まだやっとスタートラインにたっただけで始まってもいないですが、自分がインターネットでやりたかったことなので楽しくやりたいとおもいます。
今後の進捗はこちらでご報告していくつもりです
こすげさん、はたのさん、かたさん ありがとう!これからもよろしくおねがいします!
※2/20追記
「企画素人の受託開発屋が胸を張れる企画を立てるまで」というエントリーを書きました
今、『完全自殺マニュアル』で予言していた世界になっているのか?
自分が高校〜大学生くらいの時、鶴見済さんの『完全自殺マニュアル』という本が出版されて、問題作と言われながら100万部以上を売上げる大ベストセラーになった。
今となっては実用書としては古くなっている感は否めないが、当時、この本に強い共感を持った人は自分も含めて多かったのではないかと思うし、特に前書き部分が今でも大好きだ。
本の帯には「聖書より役に立つ、言葉による自殺装置」って書いてあって、内容をすごく強引に言ってしまうと「僕らは不幸にも何も起きないつまらない時代に生まれてしまった。すぐにラクに死ねる具体的な方法を知ることによって、いつでも終わらせちゃえばいいという安心感を得よう」というような内容で、読者に逆説的に「とりあえず生きてみてもいいんじゃないか?」と思わせる本だったと思う。
さきほど(2012/2/11 10:31)また少しだけ大きめの地震があった。
その時、急にその前書きが思い出されたのと、もしやその時と状況が変わってきているのでは?と思ったので前書きから少しだけ抜粋しつつ。
CHERNOBYL(チェルノブイリ)
ボクはいつだって「デカイ一発」を待っていた。20年前学生が暴れていた時、「お、デカイやつがくるぞ!」と思った。アポロが月に行ったり、石油がなくなりそーだったり、ソ連がどっかに侵攻したり、昭和が終わりそうだったり、そのたびに「今度のはデカいぞ」と思った。だけどどれも震度3、ブロック塀が倒れるテード。顔をみあわせ、「すごかったね」で笑って終わりだ。(しりあがり寿『夜明ケ』あとがきより)
これでやっとわかった。もう”デカイ一発”はこない。22世紀はちゃんとくる(もちろん21世紀はくる。ハルマゲドンなんてないんだから)。世界は絶対に終わらない。ちょっと”異界”や”外部”に触ったくらいじゃ満足しない。もっと大きな刺激が欲しかったら、本当に世界を終わらせたかったら、あとはもう”あのこと”をやってしまうしかないんだ。
「つまんない」なんて言ってもしょうがない。僕たちは運悪く歴史のそういうステージに生まれついてしまったのだから。
22世紀まで僕たちはマイニチマイニチ朝7時に起きて、学校や会社に通って、とりとめのないムダ話をくり返す。学校では英単語や歴史の年号を何度も何度も暗記して、会社では「つまらねー」なんて言いながら、本当につまらない仕事を1週間、1ヶ月、1年なんていうサイクルで何週間も何ヶ月も何年もくり返す。
2011年3月11日以降、不気味な地震は起き続けてるし、原発は爆発し(爆発中?)、みんなが言うには日本経済は近い未来に失速するのは間違いないみたい。
『完全自殺マニュアル』では「僕らは恐ろしく安定した高度にシステム化された、つまらない日常が永遠に続く不幸な時代に生まれてしまったと」書いてあったけれども、もしかして今って…



